1988年にウガンダのルウェロという町で、私は変わりました。
そこで、自分の7人中6人の子どもを失った79才の未亡人がバナナプランテーションを経営しておいました。
そしてそのフルーツ畑には、まるで皮肉のように、散らばるパイナップルと一緒に気味の悪い頭蓋骨が転がっていました。
この悲惨な状況を見て、無視することのできない現実を突きつけられたのです。
それよりさらに6年前に、暴力と貧困で名高い国であったウガンダに私は家族と共に引っ越してきました。
ウガンダの荒れた首都、カンパラで私達は教会を始め、神はこの町とこのやせ細った国に希望を与えようとしておられることを信じていました。
ルウェロは中でも特に戦争によって破壊された町でした。しかしヨウェリ・ムセベニ大統領の就任後に、 状勢は少しずつ落ち着き、希望が見えてくるようになりました。
私達は首都カンパラから100kmほど北に離れた小さな町に教会を開いていました。 ですから、ルウェロの町を通らなければなりませんでした。
私達が町に近づくにつれて、いつもは村人が道端に店を出し、バナナ、マンゴー、パイナップル等を売っているの見かけていました。
しかし、戦争の後、それらの店は身の毛もよだつ様な恐ろしい死の博物館のようになってしまったのです。 パイナップルのかわりに人間の頭蓋骨が置かれていました。私達は車を止め、外に出ました。 頭蓋骨を両手に一つずつ持った時、このような悲惨な状況を被ったウガンダの人々を思って、 私の心は引き裂かれました。
しかし、これはほんの始まりでした。
ルウェロで始まった新しい教会の牧師は村の近くに住む未亡人の家に連れて行ってくれました。 彼女は79歳の7人の子どもの母親でした。
私達は彼女について行き、バナナの茂みを抜けた時、彼女は彼女の夫と6人の子どもたちの墓を指差しました。 エイズが彼らの命を奪ったのです。彼女の生き残った娘も、同じ病気で死にかけていました。
彼女は23人の孫の面倒を、死んでゆく母親の代わりにみながら、言いました。
「私は年をとっています。もう墓穴を掘ることもできません。私の命も長くはないでしょう。
誰が私の孫たちの面倒をみてくれるのでしょう?」 彼女の声はまるでこの国を代表しているかのようでした。 アフリカ大陸が荒廃するという現実に直面しています。
そうです。 エイズがアフリカを荒廃させているのです。
すでに多くの人がエイズで亡くなっています。 多くの子どもたちが両親を亡くし、保護されることなく取り残されています。 多くの人々がこのような状況にあって、皆、懇願しているのです。
「 誰が私達の子どもたちの面倒を見てくれるの?」
私は聖書の一節であるヤコブ書1章2節を思い出しました。
「父なる神の御前できよく汚れのない宗教は、孤児や、 やもめたちが困っているときに世話をし、この世から自分をきよく守ることです。」
このウガンダでは珍しくない体験をしている女性の所に訪問したことは、 私の人生を決定付けることとなりました。 それから、世界中のみなさんの寛容さによって、 家と学校と病院がある“希望の村”ができ、ワトトは命と希望を多くの子ども達に与え続けています。
オーストラリア、カナダ、ヨーロッパ、香港、ニュージーランド、 シンガポール、イギリス、アメリカ合衆国の多くの人達が 子どもたちのスポンサーとなってくれています。
今日、1,800人以上の子どもたちが希望を持ち、将来を夢見て、愛し合い、温かい家族の中で成長しています。 もうすでにその内の何人かは、自立して生活し、巣立っていっています。彼らの多くは大学にも通っています。 そして、常に新しいワトトの家族として新しい生活を始めたばかりの子ども達もいます。
ワトトの子どもたちを応援し、支援してくださり本当にありがとうございます。
ゲアリー & マーリーン スキナー
(ワトト・チャイルドケア・ミニストリー創立者)
Gary & Marilyn Skinner




