グル市プロジェクト
グルの十代の少年の証言

サム(仮名)はこのプログラムを受けている17歳の少年です。
今年の8月、サムはグルの十代の青年たちがワトトのティーンが集まるキャンプに参加しました。
以下はサムの証言です。

僕が誘拐されたのは12歳の時のことでした。2003年に誘拐され、2年間とらわれていました。 僕が学校に行く途中、反乱軍に見つかり、僕と他の捕まった子ども達は2日間、休みなしで歩かされ、 反乱軍のリーダーであるジョセフ・コニーが率いるスーダンのキャンプまで連れていかれました。
2〜3ヵ月後、とても厳しい軍隊演習をさせられました。
銃弾をよける練習の後に一列に整列させられ、兵士になるか、家に帰るかを無理矢理に選ばされ、家に帰る事を選ぶと殺されます。 その日には3人が殺されました。残された僕たちは背中を150回ムチでうたれ、熱いアイロンを当てられました。
この拷問が終わると、誰かを殺して、殺した相手の脳みそをなめることを要求されました。 戦いの最前線に出るために十分な勇気がある事を証明するために、酷いことばかりを強要されました。
本物の銃を与えられ、出て行ってウガンダの人を誘拐して殺すようになるまでに1年ほどかかりました。 政府の兵士も殺すようにと言われていました。そして彼らの銃と制服を証拠品として奪いとる事を強要されました。
僕にとって忘れられない出来事があります。
その日はヘリコプターで銃が供給される日でした。村人たちは銃がヘリコプターから落ちてくるのを見て、 僕達が銃をとる前に、政府軍の兵士が先に取ることができるようにと、知らせに行きました。 僕たちのリーダーは村人全てを殺すように命じ、僕は5人の大人の頭を棒でたたいて殺しました。 彼らの頭を木の幹に強く打ちつけたので、おそらく死んだと思います。
この耐え難い試練の後、僕達はアラブ人の商人から銃を得ることのできるスーダンへ帰りました。 そして、僕達は破壊された北・東ウガンダに帰ってきました。ウガンダ政府を転覆させるためです。 しかし、東ウガンダ軍の激しい抵抗に会い、スーダンへ引き上げようとしました。国境付近でもさらに激しい抵抗に会い、 小競り合いになり、僕はひざを銃で打たれて、政府軍の兵士につかまりました。そして僕は解放され、家に戻りました。
この時が僕の人生にとっての転換期となりました。
この時期に僕は神様のことに気がつきました。この全ての困難の時期を通り過ぎて、何度も死にかけたけれども生き残り、 多くの恐ろしい出来事や、人々が死んでいく様子を見て、その間も神様は僕を守っていてくださったことに気がつきました。
家に帰ってみると、両親は殺されていました。僕はおじさんと一緒に住んでいましたが、そのおじさんも去年亡くなりました。 僕には、結婚している姉をのぞいて頼る人がだれもいなくなってしまいました。 僕は学校に戻り、小学校を終えた後、 戦争の被害を受けた子ども達のための「ラロースクール  (*グルの内戦の影響を受けた子どものための特殊学校) 」に入学しました。
ぼくはそこでワトトと出会いました。
ぼくがワトトに出会ったときは、夢も希望も何もなかった時期です。 ボクはいつも将来のことを不安に思っていました。
ボクには誰にもいなかったし、いままでのことがトラウマになっていたのです。 現在、ぼくはワトトの社会福祉担当の人からカウンセリングを受けています。少しづつ人を信頼できるようになってきました。 まだまだ、回復の途上ですが、少しづつ心の中が平安になってきています。ワトトの社会福祉担当の人が、いろいろな事を教えてくれます。 聖書をどのように読むのか、どのように他の人と付き合えばいいのかを学んでいます。
今年の参加したウォーターフォール・ジャンプではものすごく感動しました。 キャンプの中で赦し、自分の怒りをどのようにコントロールすればよいのかを、全くちがう文化の十代(同世代)の人と関わる事を通して学んだのです! そして健全な人間関係をたてあげる事ができるようになりたいと思っています。
ぼくには、今、将来に対する希望があります。しばらくの間、学校にいけなかったけれども、なんとか学校にもどりまた勉強ができるようになりました。 将来は医者になりたいと思っています。

Samとソーシャルワーカー 訪問チーム Sam
サムとサポートをしているソーシャルワーカー 記念撮影 取材に応じてくれたサム(仮称)


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